毎年9月、Appleがイベントを開く。
新しいiPhoneが発表される。画面が明るくなった、カメラが賢くなった、チップが速くなった。会場が沸く。ネットが沸く。翌朝にはレビュー記事が並ぶ。
でも、その瞬間に起きているもう一つのことを、誰も書かない。
世界中の「旧モデル」が、一斉に生まれる瞬間のことを。
あなたのポケットの中にあるiPhoneが、発表の瞬間に「型落ち」になる。昨日まで現役だった端末が、今日から「前のモデル」になる。何も変わっていないのに。一晩で。
これはそういう話です。
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1.2013年9月10日、iPhone 5sが発表された日
その日、iPhone 5を持っていた人は何百万人もいた。
発表イベントの中継を見ながら、あるいは翌朝ニュースで知りながら、多くの人が同じことを感じたはずだ。「あ、自分のが古くなった」と。
iPhone 5は変わっていない。スペックも、バッテリーも、カメラも。前の日と何も違わない。でも「5s」という数字が世界に発表された瞬間、「5」は過去のものになった。
これは毎年繰り返される。2014年も、2015年も、2016年も。iPhoneが新しくなるたびに、誰かの「今のiPhone」が「古いiPhone」に変わる。
人は変わらないのに、モノが変わる。いや、モノも変わっていないのに、「呼び名」が変わる。
2.「型落ち」という言葉の残酷さ
「型落ち」という言葉が好きじゃない。
「落ちる」という動詞が入っている。まるで価値が崩れ落ちるみたいな語感だ。でも実際、買取相場はその日から少しずつ下がっていく。市場はシビアで、感傷を挟む余地がない。
不思議なのは、端末そのものは何も変わっていないことだ。
昨日まで「これで十分だ」と思っていた写真の画質が、今日から「一世代前の画質」と呼ばれる。昨日まで「速い」と感じていた処理速度が、今日から「旧チップ」になる。
評価が変わったのは、iPhoneじゃない。iPhoneを取り巻く「文脈」が変わったのだ。
それでも人は「型落ち」という言葉を使う。そしてその言葉に引っ張られるように、少しだけ自分のiPhoneへの愛着が薄れていく。
3.でも、あなたはそのiPhoneで何をしてきたか
少し立ち止まって考えてほしいことがある。
あなたは今持っているiPhoneで、何をしてきたか。
子どもの初めての運動会を撮った。
深夜に道に迷って、地図アプリに助けてもらった。
好きな人にLINEを送って、返信が来るまで画面を何度も見た。
旅先で見た夕焼けを、思わず写真に収めた。
仕事でミスをして、帰り道に誰かに電話した。
そういう記憶が、あなたのiPhoneの中には詰まっている。
型落ちになっても、それは消えない。9月のAppleイベントは、そこには一切干渉できない。
iPhoneは道具だ。でも使われた道具には、使った人の時間が染み込んでいる。
4.それでも、売るという選択について
前の章を書きながら、「だから売るな」と言いたいわけじゃないと気づいた。
むしろ逆だ。
染み込んでいた時間は、売っても消えない。
キャンプの火の起こし方を覚えた記憶は、iPhoneを手放しても残る。母と入った温泉の湯気も、初めてのライブで流した涙も、端末の中にあるんじゃなくて、あなたの中にある。
だとしたら、「型落ちになったiPhoneを売ること」は、思い出を手放すことじゃない。
「過去の時間をお金に換えて、次の時間を買う」ことだ。
iPhoneが型落ちになる瞬間、買取相場は動き始める。その波は静かで、でも確実だ。発表から1ヶ月、3ヶ月、半年と経つうちに、少しずつ、少しずつ価値は下がっていく。
型落ちになってすぐ売ることを「負け」だと思う人もいる。でも私は違うと思っている。波が来たとき、ちゃんと乗れる人の話だと思っている。
5.今年の9月、また誰かのiPhoneが型落ちになる
2026年の秋、iPhoneの新モデルが発表される。
その瞬間、iPhone 17を持っているあなたのiPhoneが型落ちになる。
何も変わらないのに。一晩で。
そのとき後悔しないために、今できることがある。
「型落ち」という言葉に振り回される前に、自分のiPhoneの今の価値を知っておくこと。知った上で、売るかどうかを自分で決めること。
誰かに決められるより、自分で決めた方がいい。それだけの話だ。
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あなたのiPhoneが型落ちになった日のことを、覚えていますか。
あの日、あなたのiPhoneは何も変わっていなかった。
でも世界の「文脈」が変わって、価値という数字が少し動いた。
その数字が、まだ高いうちに。
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